テレビはいらないものなのか
ミニマリストを目指したり、断捨離を行う上で、
果たしてテレビとは必要なものだろうか?
という疑問を持たれた方も少なくないのでは。
私もモノを減らし始めたころ(おそらく10年ぐらい前)、テレビのない生活もありでは?と試しにテレビを観ることをやめてみました。
「自分テレビ見ない人なんで」的ポジションをとってみたいという浅はかな?動機も若干あり。
最初の一週間はやせ我慢的に観ない生活でしたが、そのうち自然とテレビを付けない生活に慣れていきました。
当たり前のように朝観ていたテレビのニュース。政治経済芸能ネタからの番組最後の占いの時間は〇〇しなきゃと、「テレビの進行=時計がわり」になっていた部分もありました。
半年間観なかった結果
テレビを観なかった半年間。とくに困ることもなく、案外順応できるものだとわかりました。
久々にテレビを付けると知らない人物がお二人ほど、あちこちの番組に出演されていました。
一人はマツコ・デラックスさん、もう一人は戦場カメラマンの方。
テレビを観続けていれば「あー、この人を売り出したいんだな」とか「いまこの人が受けているのか」とタレントさんたちの露出の増える様子が徐々に目に入るので違和感がないのですが、その段階を追っていないとテレビの世界が浦島太郎状態になります。
海外生活をしている人が日本の芸能ニュースにうとくなるような感じでしょうか。(今はネットでなんでもわかりますし、そもそも芸能ネタなんぞ知らなくてもなんら問題ありませんが)
テレビが疲れる原因は多分コレ
久しぶりに観たテレビは味付けの濃い料理のようで。
すっかり薄味に慣れてしまった身には胃もたれします。
高いテンションでないとテレビは成り立たないイメージがあります。かかってきた電話をワントーン高い声でうける、その高い声の状態が番組中ずっと続いている印象です。
そのうえテレビは「ゆっくり」とか「間」を嫌うから、限られた尺のなかで説明やコメントを求められる出演者は早口でまくしたてせわしないうえ、話す内容は差し障りのない無難なものに落ち着きます。
コンプライアンスにうるさい時代とはいえ、バラエティでさえ透けて見える予定調和な流れはいささか食傷気味に。
それにですね、
テレビにでる人って「キラキラ」もしくは「ギラギラ」してるでしょう?
・政治家目指して選挙に出馬し、かつ当選した人
・日々のたゆまぬ努力でトップを目指すスポーツ選手
・アイドル・役者・芸人・アナウンサーと人前に出て何某かを表現したい人たち
・テレビ局や製作会社に入って映像を届けたいという意思を持った人たち
まだまだ対象となる方はたくさんいますけども、なにが言いたいかというと
モニターに映る人々は「基本的に頑張っている人たち」の集合体なわけです。
それがね、なんか観ていてエネルギーを吸い取られるというか消耗しちゃうんですよね。
頑張るのが素晴らしいのもわかる
何かを目指すのってステキなことっていうのもわかる
けども、時々
いま、そういうのいいから
と思ってしまう時もあります。(観なきゃいいだけなので結果観なくなるわけです)
こんなことを書くと「おまいさん、どんだけ頑張ってないのよ」って話になってしまいそうですが。
テレビに出ている人たちと律儀に比較する必要なんてないのですが、「彼らに比べて自分は・・・」なんてことも思ってしまうときがあるのです。
テレビの良さもありますよ
かといって、テレビは悪!とか、一億総白痴化だ!とか、物を買わせるための媒体だ、ミニマリストの敵!とか騒ぎたいわけではなくて。
ネットが台頭しつつあるとはいえ、動画の質はテレビを超えてるとは思えません。(ネットの優位性としてはテレビより縛りが緩い点なのかなと想像しますが)
テレビを観ることで知り得る世界もありますし、面白くて為になる番組もあります。
なので要はバランスなのではないかと。
気持ちが落ちているときにふと付けたテレビのバラエティでワハハと少しでも気持ちが軽くなった時。
テレビに救われることもあるので、受け身でなんにも考えずにいられる時間も必要なんだと思います。
スポンサーリンクそれでも確実に視聴時間は減っています
テレビ欄をみることがめっきりと減りました。
リアルタイムで観ることはあまりなく視聴の9割は録画したものですが、再生するものは半分もないかもしれません。
また、再生したとしても始めから最後まできちんと視聴することはなく、倍速で観たりバッサリと時間を飛ばしてしまったり。
明らかに昔とは視聴時間も視聴スタイルも変化しました。
最近は観てもいいけれど無理して観なくてもよいかなといったスタンスです。


