「どう? イイお店でしょ?」と現地で紹介したくても既に調べられてる件

サプライズが成立しにくい時代なのかもしれない

自分が行って良かったお店は周りの人に紹介したくなります。

今度一緒にいって、この味を味わってほしい、この内装を楽しんでほしい。

そう思って「ちょっとイイお店があるからいこうよ」と声をかけるのですが、その際にひとつヒントでも言おうものなら最後。

当日までにはネットでリサーチされてしまいます。

具体的な店名を言わずとも、△△地域の「最近できたお店」とか「シンガポール料理」と言った単語で瞬く間に検索された結果、相手の知るところになります。

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出来れば初見を体験してほしい

えー、こんなところにお店があったの!?

うわぁ、雰囲気のある外観! インテリアも凝ってるね。

珍しいメニューがある!!!

こんな言葉を期待しますが、今やネットの時代です。食べログや個人の食べ歩きブログなど、SNSを見れば詳細まで行き届いた情報が手に入ります。

これって本当に便利で、自分も利用するのでありがたい時代だとは思っています。

けれど、便利すぎるがゆえの弊害もすこしあるのではないかと。

昔はよかったとは言わないが

小さかったころ、夏は家族でペンションに行ってました。

毎年毎年どうやってペンションを探していたかというと、一冊のペンションガイドブックを買ってくるのです。

1ページに1ペンションなんて贅沢にページが割かれているわけではなく、1ページに2~4つのペンションが載っていました。

写真は縦横2、3センチサイズが数枚だけ。

紹介文は短く、その凝縮した文章から嗅ぎ取るしかありません。住所や電話番号も載せなくてはいけないので、詳しく説明するスペースがなかったんですね。

で、我々利用者がどうやって判断するかというと、その限られた情報の中から想像を膨らませ、比較検討し、2つ3つのペンションに絞り、電話をして希望する日に宿が取れれば決定する。という流れでした。

少ない情報のなかで、ペンション名はそのオーナーのこだわりを表したものがおおく、決める際のポイントになったことを覚えています。

利用したほとんどのペンションは予想より下回ったことはなくて、気持ちよく過ごすことができました。

これはペンションそのものが良かったことのほかに、過剰な期待をしていなかったこともあると思います。

今の時代のように詳細がわかってしまうと「ネットに書いてあったことと違う」と細かい指摘が入ることもあるでしょうし、「雰囲気が良いのは写真だけだったか」と写真負けしている店舗や宿も結構あり、期待が大きい分落胆も大きく、私も何度か経験しました。

その点、昔のガイドブックはボケている写真もありました。それでも「そんなものだ」と利用してたんですよね。


勝手な願望だとはわかっていますが

自分もネットの情報をこれでもか! というぐらい活用しているので矛盾してしまうのですが、それでも事前にリサーチされてしまうと

あー、調べちゃったのか。残念

とちょっとガッカリしてしまいます。

贈り物をしてもネットで検索されたらすぐに値段がわかってしまう時代です。いかがなものかと思いながらも適応していくしかなさそうです。

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