人は見たいものを見るってこういう事、かな

何かの本で読んだのか、はたまたネットで目にした文言か。

「人間は見たいものを見る」といった内容を読んだことはありませんか?

正確な見解は覚えていませんが、これもそうかな? と思うことがありました。

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先月、作った「なんちゃってハーバリウム」。

【ハーバリウム】コストをおさえ低予算で手作りに挑戦【下準備編】

【ハーバリウム】専用オイル以外で作ってみます【実践失敗編】

【ハーバリウム】ちょっとは改善できた、ような【巻き返し編】

 

この制作にはタンポポの綿毛が必要でした。(結果的には大失敗に終わったわけですが…)

タンポポは花屋で買い求められるものではなく、まして、綿毛の期間はわずか数日。

今まで生きてきてこんなに綿毛になるタイミングに注意を払ったことはあったであろうか、というぐらい常に意識はタンポポに向いていました。

車窓から見えるタンポポの群生は金銀財宝に匹敵するかのごとく輝いて見え、

「あー、ここだったら綿毛取り放題じゃん! 」と、宝の山に目が$マークになりそうでしたが、雑草だらけで放置された空き地とはいえ、どなたかの敷地。

指をくわえて諦めました。

 

意識して周りを見てみると、都会の路地裏やちょっとした空間の、いろんなところでタンポポが咲いているとわかりました。

毎年毎年、風に乗った綿毛が種を運び、新たなる土地を開拓してるんですね。

 

と、まぁその時の自分は日本で一番タンポポの綿毛に関心があったのではないかと思うくらいでした。

 

こういったこは、ほかにもあります。

 

ある人が、「購入した車」があるとします。

するとその人は道行く車の中から、自分と同じ車種をつぶさに目で拾いあげます。

「あ、おんなじ車。あ、あれもだ!」と。

その車種は以前から結構走っていたと思いますが、意識する前と後では差が歴然です。

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何かを強く意識すると、同じ光景でも、自分の目と脳に入ってくる情報の濃度が変わってくるってことなのでしょう。

これは「都合よく物事をみてしまう」といった捉え方もできますが、それを転じればもっと有意義に有効に使えるのではないか。

なんて、思いました。

では、具体的には何に着目すればよいのか?

出来るだけプラスなことに関心を持っていた方がいいのかなって、そんな風に思いますがどうでしょうかね。

かなりフワフワした結論になってしまいました。

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