「カメラを止めるな!」騒動にいち観客として思うこと

映画が面白いことは変わりません、よ

先日、当ブログでも感想を述べた映画「カメラを止めるな!」。

「カメラを止めるな!」これは観たらススメたくなる映画だわ

なにやらザワザワとしていますね。

映画のベースとなった舞台があり、それを原作として認めるか否かで揉めているようです。

外野である自分には本当のところはわかりませんし、今後関係者によって、場合によっては司法により解決されることだと思います。

この映画を楽しんだ観客の一人としては、このタイミングでのこの騒動に

残念だな

と、ただただ無性にそう思います。

「カメラを止めるな物語」の途中だったのに

「カメラを止めるな!」は映画だけで完結した物語ではありません。

インディーズ作品がおこした一大ムーブメント。

大衆を巻き込んだグルーブ感をもって駆け上がった経緯も含め、この作品の魅力だと思っています。

鑑賞後には「おもしろいよ」とまわりに知らせたくなり、「でも内容は言えないんだ。だから実際に観てみて」と、人々を劇場に向かうアクションをとらせる。

これ以上ないぐらいの奇跡的な条件とスタイルを持って広がりました。

 

また、この映画がエポックメイキングと称されるのもわかります。

昨今の、ドラマも映画も似たような面子をシャッフルしては配り直されたような配役と、原作といえば漫画か小説。そんな現状に食傷気味の人も少なからずいたでしょう。

 

そんななか、

名の知れてない監督と俳優で
おもしろい作品が出来上がり
人々が映画館に足を運ぶ

映画館の大スクリーンを前にしてこそ実感できる迫力と、劇場にあつまった観客の笑いと時間の共有。

 

いつのまにか「カメラを止めるな!」という船の乗組員のひとりのような気分で、上映館数の拡大や海外映画祭での受賞ニュースに胸を躍らせました。

航海半ばにして船底に開いてしまった穴を修復し浮上できるのかどうか。

この作品のいちファンとして考えてみました。

どうしてそこんとこをクリアに解決しておかなかったかね? と

この映画の成功は上田監督がいなければありえなかったものです。

オーディションで選んだ役者にあて書きをし、脚本を練り上げ、ブラッシュアップし、まわりを引っ張り諦めることなく映像化しここまでこぎ着けたわけです。

それはゆるぎない事実で。

この映画の評価は決して「あの構成」だけではなく、映画の完成度そのものは称賛に値するものです。

映画を鑑賞された方ならわかりますよね。

 

一方、この映画のベースとなった舞台の演出をされていた、和田氏。

「お金の問題ではない」といった発言は本意なのか、流れで便宜上言わざるを得なかったのかはわかりません。

が、権利があるのならばしかるべき恩恵は受けるべきで、そこは引くべきではないと思います。(お金ではないと表現する意図はわかります)

 

この問題の核はプロデューサーなのではないかと思うのですが実際のところ、どうなのでしょうか。

プロデューサー業とはどこまでが業務なのかわかりませんが、こういった権利関係をきちんと管理するのも役目なのでは?

 

以下、アメリカで弁護士事務所を経営されているニューヨーク州弁護士、大橋弘昌さんの著書「負けない交渉術」から引用します。

私は、数年前、あるプロゴルファーとゴルフ用具メーカーとの間の契約書をレビューし、修正案を作成するという作業を依頼されたことがある。米国プロゴルフツアー、PGAツアーを転戦する日本人選手からの依頼だ。

これには、PGAツアー戦に優勝したら、いくらのボーナス、マスターズ等の四大メジャートーナメントで優勝したらいくらのボーナス、賞金ランキング一位だったら、二位だったら、何位以上だったら・・・と実に細かく定められている。

超一流選手でも四大メジャートーナメントで優勝できる可能性は低い。しかし、どんな選手でもしっかりとそういうケースにも備えて交渉しておくのだ。もし優勝したときには、スポンサーの宣伝になる。そうなってから慌てて、スポンサーに「ボーナスをほしい」と言っても、手遅れだ。あらかじめその金額を決めていなければ支払ってもらえない。

アメリカの契約書中には、「不測の事態が起きたときには、両者誠意をもって解決する」という条項は、当然のことながら見当たらない。そういった取り決めは、何も定めていないのと同じだからだ。

前もって契約書に詳細を定めておくことは大事。契約書は、当事者同士が信頼していないことを示すものではない。万が一不測の事態が発生したときに当事者間でどう解決するかを事前に交渉し、それを書面化したものだ。

不測の事態が発生する前であれば、冷静に交渉できる。その事前の交渉によって至った合意を書面化した契約書を不測の事態に備えてとっておく。そして不測の事態が発生したらその契約書を引っ張り出してくる。その契約書にしたがってトラブルをスムーズに解決する。そう考えよう。

ダイヤモンド社「負けない交渉術」より

上記の引用文に何度も出ている単語「不測の事態」。

まさにその「不測の事態」が起きたからこそ沸き起こった今回の騒動。

ちなみに日本で使われる契約書には、たいてい「疑義が生じたときは、甲乙をもって協議の上、誠実に対応する」といった条項が入っているとか。これって結構あやふやですよね。

契約社会は日本には馴染みがなく、業界の慣習といった面からも浸透するかわかりませんが、こういったことも今後意識していくべきことなのだと思います。

きちんと精査して契約を結ばないと逆に不利な状況になる場合もあるでしょうから「交渉術」を身に着けることも、今後避けられない大事な要素になるでしょう。

著作権とか原作とか原案とかってなぁに?

解釈の参考になるかとポケット六法を引っ張り出しましたが、「ポケット」なだけあって本のサイズが小さい…、ということはおのずと書かれている文字も小さくて、目をシパシパさせながら読解を試みました。

 

が、数分で撃沈。

 

日ごろ法に親しんでない、ずぶの素人が読み解こうなど無理な話でした。

ザっと読んでみた感覚としては「原作者」の持つ権限て結構強いんだなと。

となると、簡単には表記できないといった事情もわからなくありません。

ちなみに人生ではじめて文字を読むのにルーペを使いました。

報道に疑問

「ぱくり」とか「盗作」といった単語を使って無駄にセンセーショナルにあおってませんかね。

問題はそこではないと思うので、こういった言葉を使うことによって誤解が生じないとよいのですが。

ネタバレを避けてこそ味わえる醍醐味の作品において、そこがわかってしまうような作りの報道をするのは、なんとも無粋なことをするなぁと首をひねってしまいます。

真のオリジナルとは?

シェイクスピアにも元本があった

シェイクスピアの戯曲のほとんどがそうであるように〈ロミオとジュリエット〉にも元本がある。

シェイクスピアは、なにかしら先人の残した作品や伝説を元にして自分の戯曲を創っている。それが通例だ。

〈ロミオとジュリエット〉の場合は、まずイタリアの作家の小説があり、それをブルックという文人が英語の詩に訳し、シェイクスピアが元本とした。改善であったことは言うまでもない。

”ブルックの詩は鉛であったが、シェイクスピアはそれを金に変えた”のだとか。

新潮文庫「シェイクスピアを楽しむために」より引用

 

同じ食材を渡し同じレシピを見て作ったとしても、出来上がる料理は作る人によって変わります。

仮に種をもらったとして、その種を植えて貧弱な果実ができる場合もあれば、土に肥料をやり水をやり虫をとり手間暇かけてたわわな果実を実らせる人もいます。

本作品への愛情と情熱なくして「カメラを止めるな!」はできなかったと思います。

観た人の琴線にふれたのは「そこ」で、「構成」プラス「そこ」をもってして『金』になったのではないでしょうか。

いっそこんなのはどうだろう

今回の出来事を「羅生門」的な「藪の中」的な、そんなミニ作品にしてDVD収録として消化してみてはどうでしょう。

そのスタイルなら双方ならず、各関係者の証言を十分に述べられるし、マイナスのイメージを払拭できたりしませんかね?

ただ「結論がわからない」という結末はどうなのかと思うので、そこは彼らが団結してあっといわせる唸るような結末を用意していただきたい。

なーんてね。こうやって外野は好きなことを言うんですよ。

一刻も早く解決してほしい

今回の騒動で盛り上がりに水を差されてしまい残念です。

せっかく面白い作品が陽の目をみたというのに、この快進撃がトーンダウンしてしまった感は否めません。

これからの賞レースにも少なからず影響するでしょう。

それでも作品が面白いのに変わりはなく、興味がある方には是非映画館で鑑賞していただきたいです。

そして今後話題になるのは権利関係ではなく、映画そのものの話題に戻ってほしいです。

まとめ

あっちゃこっちゃと話が飛んでしまいました。

この当記事も穴があって矛盾している箇所があると思います。

もし自分が上田監督の立場だったら
もし自分が和田氏の立場だったら

と考えると立場によって主張や観方が変わってきます。

 

この映画は、壮大なスケールでもあふれる芸術性や社会を斬るといったタグイの作品でもありません。

単純にバカバカしくってオモシロイ。年齢も国籍も教養も問わず楽しめる。

平民の平民による平民のための映画、的な。

そんなのって最高じゃないですか!

 

一刻も早く解決(修復)し、大海原へと航海を続けてほしいと思います。

まだまだ観客動員数は伸びているようなので、心配は杞憂かもしれませんね。

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