ネットの傀儡になるなかれ 自分の頭で考えることを手放してはいけない

マトリックスは逆だった

マトリックスという映画をご覧になったことがあるでしょうか?

ロボットのエネルギー源として人間が利用(使用)されるが、その際人間はロボットに仮想現実を与えられ、人間たちはそれを現実世界だと思っている。それはマトリックスという世界なのに。

今現在、まさにその映画をなぞるかのような時代になっている。

映画と違うのは、仮想現実をロボットに与えられるのではなく、現実を養分としてネットに与えている世界になったことだ。

わたしたちは「ネットでは」と1日に何度、口に出していることだろう。

考える前に「まず検索」の習慣になっている。

するとどうなるか。

疑問の先には大かれ少なかれ同じような回答に行き着く。

それを繰り返していると、やがて思考回路は均一化され、考える力を失う。個性を賛美し多様な世の中になってきたように見えるが、行き着く先は量産された傀儡だ。

人間の優位性が崩れ、誰かが何かが得をする。

その誰か何かは AI なのではないか?

なぜなら、ブログ運営においてグーグルが「体験談を。よりオリジナルなコンテンツを」と呼びかけるのは、より人間的な部分や経験を吸いあげAIに学習させるために必要だからではないか。

億の人間の気持ちを理解し、分析しはじめたAIはやがて人間を超えるだろう。

ロボットを人間化し、人間をロボット化するのだ。

ここでロボット帝国の誕生である。じゃじゃん!

と、ここまでSF調もどきで話を進めてみたわけだが、ここで行き詰まるのだ。

ロボットが力を持ち人間を征服しはじめる映画も多い。

だが、その先は? 彼らはなにをもとめ、どこにいく?

と、考えるとAIによる人類のっとり論はここで止まってしまうのです。人間が利益のためにAIを駆使することは想像できても、自我を持ったロボットが、なにを求めるものかがさっぱりわからないんですよ。

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人は検索の前ではおそろしく無防備だ

ロボット云々は置いておいたとしても、ふつうの日常において、人には聞けない、言えないことをネットの検索窓にはいともたやすく入力する。

ネット内の行動が網羅されればされるほど、人ひとりの行動は丸裸も同然だ。

PCを使えば履歴が残り、GPS機能があるスマホを持ち歩き、suicaを使えば行動を記録され、クレジットカードには趣味嗜好が満載だ。そして街には監視カメラがあふれている。

気付けば全身スキャンされながら歩いている時代になってしまった。

かつての生活サイクルを表にしてみたよ

正確にはネットというより、「デジタルに触れている」時間です。

上図は私の体験ですが、同じような環境にいる人もいるのではないでしょうか。

追記:家事の時間が含まれてませんね。けれど料理を作る時も「クラシル」といった料理レシピのアプリを見たりするので、デジタルに触れています。

事務系の仕事にしろ、そのほかの仕事にしろ、今の時代は「就業時間=パソコンの画面にかじり付いている」ことが多く、ネットには繋いでないかもしれないが、モニタをみている時間帯はとても長い。

そして家に帰ったら帰ったでネットで買い物や動画視聴。

おまけにスマホが普及したことで、通勤時間や休憩時間、睡眠時間まで浸食してきたのである。防水加工のスマホもあるので、風呂の時間も使用可能に。

なんと一日24時間のうち就寝を除くと17時間。そこまで隙間なくネットをしないとしてマイナス2時間引いたとしても、一日15時間もデジタルに触れていることになる。

起床のベルもスマホのアラームにしていたら朝イチからスマホとコンニチハだ。

ゆくゆくは「あなたの夢を録画します」なんていうアプリも登場してくるのではないか。

恐るべし。これでは24時間ネット人間になってしまう。

もうすでにネットが生活の一部ではなく、人間がネットの一部になってしまっているのだ。

「ネットが言ってた」ではなく、あなたはどう思い どう考えたのか

ネットというパンドラの箱を開けてしまった以上、それがない世界には戻れない。

この流れに抗う手段は「自分の頭で考えること」にほかならない。

ネットに人生を乗っ取られてはいけない。

自分で導きだした答えは自分を助けることになるのだから。

後記

なーんて、かたく語っちゃったけど、ブログも含めネット生活は楽しく、これがない生活は考えられないです。

人は矛盾を抱えて生きていくものであります。

そして途中で気付いたけど、この記事は「ロボットとAIとネット」がごった煮になってますね。正直、違いがわかっていません。

人間とAI。共存・協力してより良い世界を築いていけることを期待します!

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