棒の演技もツライけど、作り込み過ぎる演技も…

残念な演技が一人いると作品は台無しになる

一般的に下手な演技をすることを「棒」だとか「大根」と表現します。

10年位前の、とある映画にて。

おそらく元々はモデルといった他業種だったけれど仕事の幅を広げた結果この役をゲット。といった感じの人が出演していました。

演技力は皆無。

ゆえに、どんなに他のシーンや他の役者の演技が良くても、その人が出たとたんシーンがどっちらけに。

 

破壊神なみの破壊力に

大根演技って「罪」

と認識した瞬間でした。

 

いかに緊迫したシーンでもその人がセリフを言うと、観客は作品の世界から覚め現実に戻ってしまいます。

相手をしている役者もやりずらそう、と余計なことまで考えてしまう始末。

関わった役者やスタッフが気の毒になりました。

いろんな事情があっての配役だから除外することが出来なかったのだろう、と勝手な深読みをしてしまうぐらい、突出した違和感がありました。

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では、凝った演技なら作品の質があがるのか?

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

 

今年になってからの話。

「この俳優が出ているのならば観たい」と急きょ録画したドラマがありました。仮に「この俳優」を「X」としましょう。

ハードディスクに入ったままだったので、GWに消化することに。

俳優Xの演技は期待通り惹き付けられるものがあり、他の俳優陣もそれぞれ求められた役を演じていました。

 

ただひとつ残念だったのは、もうひとりのメインの役であるYの演技。

 

Yの登場以降、その演技が気になって気になって、話に集中できません。

独特のセリフ回しに脳が拒絶反応を示したのか、時間が過ぎるのがやたら遅く感じました。

 

途中、何度も脱落しそうになりましたが、このドラマは最後まで観ないと真相がわからないジャンル。おそらくXの真骨頂こそ終盤のシーンにあると思ったのです。

目論み通りといいますか、おおよそのパターン通り最後に見せ場があり、Xは静かながらも迫真の演技を展開していました。

 

でも、でもですね。

このシーンにもYがいるわけですよ。

 

まるで腹痛に苦しみながら美味しい食事を胃に流し込んでるようで、Xの演技を素直に味わうことができませんでした。

おそらくYは芝居が下手なのではなく、Yの導きだした演技プランが私には合わなかったのだと思います。

いや、本心は「あの演技に意見する人は一人もいなかったのか?」と不思議に思ってます。

けれど、感じ方はみなそれぞれ。高評価の人もいると思いますし、事実この作品の評価は高かったようです。

 

もしYのやった役が違う俳優だったら、作品に対する印象も変わったと思います。

なにせ芝居が気になって、ストーリーを堪能出来なかったので。

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今回思ったこと

ものすごく演技が上手くなくてもよい。
ものすごくキレイなルックスでなくてもよい。

作品の「邪魔」をしない人が演じてほしい。

 

演技が棒なのもキツイですが、こねくりまわした演技もこれまたキツイ。

独特のキャラクターを演じようとおもったら、説得力を持たせるために相当の技量が必要で、それってとても難易度の高いことだったんだな

と実感したドラマでした。

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