【映画「心と体と」】器用な恋愛なんてない【感想】

「心と体と」というハンガリー映画をみました

※ネタバレあります

食肉処理場で代理職員として働くことになった女性マーリアとその上司エンドレ。

ある日、この処理場の薬品が盗まれたことから物語は進展して行きます。

まずは犯人を見つける手段として、精神分析医を使った犯人のあぶり出しを刑事がエンドレに提案します。もちろん費用がかかるのですが、それを持つのは、警察ではなく処理場側。

ここでびっくり。日本ではありえなさそうな展開です。「精神分析医を現場に派遣し、犯人を割り出す」といった方法って実際にあるのでしょうか? 雇う余裕のない会社だってあるんじゃないかい?

盗まれた薬品の危険度によって警察の介入度が変わってくるのであろうか? なんとなく不思議な感覚。

そんなわけで全従業員が精神分析医のカウンセリングを受けるわけですが、その際にきかれる質問のひとつ。

「昨晩、何の夢を見たか」

ここで、マーリアとエンドレが同じ夢を共有していることが判明します。

それをきっかけに互いをより一層意識しはじめ…、といった大人のラブストーリー。

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人の夢の話ほど退屈なものはない

ここで、主題から外れますがね。

人の夢の話を聞く…。なんたる苦行。まぁ、この映画の分析医は仕事として聞くので一般論は当てはまらないかもしませんが。

常々思っていたのですが、

夢の話って、確実に三大退屈話にエントリーするでしょ!(勝手に断言)

ほかのふたつは〇〇話と△△話。ここでの言及は避けておきます。

どんなに機知に富んだ内容であろうが、どんなに魅力的な人物であろうが、夢の話をプラスに持っていける人を私は知らない。

それぐらい、夢の話ってどうでもいいし、退屈なんです。

どう転んだって、「夢」は「夢」だもの。ツマラナイヨ。

これだけ言っておきながらも、自分の見た夢ってつい人に話たくなってしまうんですよね。

こういう判断もある

映画の話に戻ります。

そのセクシーな精神分析医に(あ、セクシーだったんですよ。この分析医さん)渡された報告書にて、犯人が判明します。

とき同じく、エンドレに「薬を盗んだのは自分だ」と告白する犯人。

その薬品を使って被害を及ぼす危険がないと思えたからなのか、情があったからなのか、エンドレは犯人を警察に突き出しません。

結果は、

「不問に付す」

昨今、ネットの普及により「一億総風紀委員」のような世の中において、このような判断は新鮮に映りました。*もちろん窃盗や不正はダメですよ

みんな誰かに認められたい

そして、当初「あいつが犯人に違いない」と濡れ衣を着せられつつあった従業員にエンドレが「悪かった」と伝えます。

その言葉をかけられたときの、彼の顔が一番印象的でした。

誤解が溶けたと同時に、自分のことをわかってもらえた。認識してくれた。

そんな感情がわずか数秒の表情に込められていて、グッときてしまいました。

そもそも、この処理場の上司であるエンドレ。事務方ということもあってか、デスクにはり付いてばかり。処理場にいる従業員には「現場にほとんど来ない」と不満を言う人もいました。

エンドレは現場が苦手だったのかもしれません。

けれど、役職ある立場の人間の社内の見回りは、末端で働く従業員のモチベーションの向上にも繋がります。

「頑張ってるね」「よくやっているね」と言ってくれれば満たされることってあるんです。

まぁこれが「もっと働け!」「モタモタするな」的な言葉だと、またガラリと事情が変わってしまうんですがね。上司が現場に来ると「気を張るから疲れるわぁ」ってこともあるでしょうし。

日常的なのに非日常的なもの

この映画、すべてにおいて静かに過ぎます。大声を荒げたりするシーンはほとんどなく。

観客に大きな音として入ってくるのは、人のセリフではなく、牛の解体シーンではないでしょうか。

日ごろ、肉を食べているにも関わらず、いざその画面になると正視できませんでした。

 

盗難事件が起きたときに、処理場に駆けつけたものの参ってしまった若手警官。

「こいつ、ここ初めてなんだよ」とベテラン刑事。(牛肉のワイロを要求するのが手慣れてるのは、そういった慣習があるのか?)

エンドロールに「この映画は動物を痛めつけておりません。解体シーンは処理場の日常を撮ったものです」といった文が書かれていました。

ふたつの色のコントラスト

処理場で毎日のように床を染める牛の血。
愛する人へ叶わぬ思いに絶望し、自ら傷つけ流れる赤い液体。
真っ赤な色のペンダントランプ。

要所要所に鮮明な赤い色が差し色のように、差し込まれます。

そして、その赤が、この映画を表現するもうひとつの色調のミントグリーンに非常に栄えるのです。

社員食堂やマーリアの自宅も軽い色調で構成されていました。

マーリアの自宅インテリアは余計なものがほとんどなく、それでいてオシャレ。シンプルライフの参考になりそうです。

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愛を見つけたならば

コミュニケーションが苦手なマーリア。おそらく幼少期から通っているであろうカウンセラーに「成人専門のカウンセラーに変更されては」と何度もうながされるもそのまま相談を続けます。

マーリアは食に興味がないのか、自宅で食べるプレートはこれ以上にないくらい簡素です。

多くの情報が入り過ぎると落ち着かないタイプなのかもしれません。

 

そしてエンドレ。

彼は片手が動きません。

 

そんな肉体的にも精神的にも、器用とは言い難い男女ふたりの物語。

 

でも、ですね。これって、多かれ少なかれ、ほとんどの人にあてはまる事でもあると思うんです。

完璧な人間ばかりが容易に恋愛を成就させてるわけではありません。むしろ完璧なんてないし、ノーダメージで叶う恋って少ないのではないでしょうか?

ああでもない、こうでもないと気を揉みながらも、進んだり後退したり。

好かれたい。けれど好かれるための行動も恥ずかしい。とかね。

 

家族以外の誰かに愛を感じるってそう滅多にあることではありません。

愛を見つけたならば、意地やプライドで失っては勿体なさ過ぎます。

正直に伝える。

簡単そうで難しいことですが、彼らは手に入れました。

そんなむき出しにした気持ちが、解体され工場に吊るされた肉とかぶるといったら強引でしょうか。

まとめ

エンドレ役の方は、そもそも俳優ではないそうで、今回が初めての映画出演だとか。

うーん。スゴイ。自然な演技もさることながら、最後のあのシーン。よく演じてくれたなぁ。

あ、ここまで書いて気が付きましたが、この映画は人間の三大欲求のすべてが入ってるんですね。

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