【NETFLIXドラマ「jimmy」】ここまで誰かを想えるなんて幸せなことかもしれない【感想】

ようやく公開となったこのドラマ

ネットフリックスオリジナルドラマ「jimmy アホみたいなホンマの話」。

芸人兼画家のジミー大西さんを描いたドラマです。

さんまさん役の俳優の不祥事により撮り直しを経ての公開となったわけですが、今回全9話を観てびっくり。

さんまさんの登場シーンが7、8割ありました。

ということはほぼ全編撮り直したってことですよね。

「あとは公開のみ」となっていた作品をもう一度作らねばならないキャストやスタッフのモチベーションたるや想像がつきません。

俳優さんはスケジュールはもちろん、再度セリフを覚えなくてはならないわけで。ギャラって割増ししてもらえるんでしょうかね。

しょっぱなからこの話題もどうなのかなと思いましたがこの作品を語るうえで避けては通れないというか、どうしても「小出恵介さんバージョン」だったらどんな感じだったのだろう? と鑑賞中に何度か頭に浮かんでしまったのも事実でして。

あ、玉山鉄二さん演じるさんまさんはとっても良かったですよ。

今回さんまさん役を演じることとなった玉山鉄二さんですが、そもそも最初は彼にさんまさん役のオファーがあったそうですね。断った結果小出恵介さんがさんまさん役を演じたものの、例の件で撮り直しに。そして再び玉山さんにオファーといった運びになったそうなので、玉山さんがしっくりくるのも当然で想定通りといったところでしょうか。

もちろん役作りをした俳優さんの努力あってこそだと思います。

以下、ネタバレあります。

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あんなに誰かを慕うことってなかなかない

ジミーちゃん(この呼び方がしっくりくるので、以下ジミーちゃんと書きます)が「ワカ」ことさんまさんに寄せる想いの熱量たるや半端ないです。

惚れて想って慕って懐く

もうね、好意的感情の全部乗せですよ。

 

人に想いを寄せるとこたえてもらいたくなります。

『扉を叩き続ければ、そのうちドアを開けてくれるかもしれない』

でも多くの人はそこまで出来ないと思うのです。

 

ましてや相手はさんまさん。ジミーちゃんが出会ったときはすでにスターです。

普通だったら近づきたくても躊躇してしまいます。

こんな自分が話しかけてはいけない。
きっと迷惑だろう。
失礼にあたるかも。
拒絶されたら立ち直れない。

できない理由や言い訳はいくらでもわいてきます。

 

でもジミーちゃんはドアを叩くどころか、突き破っていく。とういうか無駄な遠慮や距離感がない。

好きだから近くにいたい。それの何がいけないの?といった感じ。(終盤こそ家庭をもったさんまさんに会うのは控えたほうがよいのか迷うシーンがありますが)

ドラマで描かれているジミーちゃんの幼少期や学校生活は、火事をおこしてしまったり同級生からイジメを受けたりと平穏な日々を送れているとはいい難く。

そんななか、白馬の王子様のごとく現れたさんまさん。出会いの場こそかなり特殊な状況でしたが「おもろい」と肯定してくれたさんまさんに心酔してしまうのもわかります。

さんまさんも受けとめる

さんまさんにとってジミーちゃんと親しくするメリットってないと思うんです。

それこそ吉本に入ってからのジミーちゃんはトラブル続きで、会社にクビを宣告されるほど。

普通だったらシャットアウトしても仕方ないと思うのに、放っておかず「惚れさせちまった責任」をとるかのようにジミーちゃんのことを気にかけ面倒をみます。

ずいしょに男気を感じさせるシーンがあり、ジミーちゃんの解雇に対し「それなら俺も吉本を辞める」と言い放つさんまさんは信念があって確固たる芯をもった人間に見えました。

「人生、楽しんだもの勝ち」といった根底があるとしたら、ジミーちゃんとの出会いも人生を送るうえでの化学反応のひとつなわけで、出会ったことで得られるものがさんまさんにとってもあるのでしょう。

その他いろいろ

役者さんたち

中尾明慶さんがジミーちゃん役ということで、体型的に違いすぎるのではないかと思いましたが見事にジミーちゃんを演じてました。

表情の作り方や挙動、ファッションでこれだけギャップを生じさせることができるということは、自分の生活においても「見せ方」という面で参考にできるかもと本筋の感想とは離れてしまいますがそんなことも思いました。

 

劇場の世話係りのおばちゃん役の濱田マリさん。彼女にしか出せない味がありますね。セリフも聞き取りやすいです。

まさかの結婚相手

後にジミーちゃんの結婚相手となるジミーちゃんのマネージャー。

まさかというより話の流れからいうと必然かもしれません。

仮に「あなたは将来ジミーちゃんと結婚しますよ」と吉本入社時に言われたら絶対信じなかったでしょうね。なにせジミーちゃん担当となった当初はジミーちゃんの扱いに困り果ててましたから。

そんな彼女も途中吉本からクビを言い渡され、最後だから言わせてもらいますがとさんまさんに苦言を怒涛のように言い放つシーン。

これスカっとしました。

日本人て「黙って耐えてれればそのうちわかってくれる」的思考が少なからず刷り込まれてると思ってるんですが、それを打ち破ったはっきりとした物言い。よくぞ言った! とスッキリ。(後日さんまさんに謝罪するシーンはありますけども)

なによりジミーちゃんが画家として開花したのは彼女がマネージャーだったからこそでしょう。

タバコのシーンが多い

これは時代というのと芸能界だからというのと両方あるのでしょうが、いたるシーンでタバコが登場します。

うぅ、煙そう…。この時代、タバコを吸わない人はさぞきつかっただろうな。

携帯のない時代

携帯電話の普及していない時代なので、連絡はすべて固定電話です。

今と比べて不便さはあるでしょうけど、物事がシンプルで良い面もあったのかなと。

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まとめ

ジミーちゃんほどではないにしろ、実生活において全力で誰かに「惚れて」「近づく」って自分にはあったのだろうかと。

誰かに心酔したところで360度優れた人間なんているわけがないとか、近づいて相手にされなかったら傷つくかもしれないからそもそも夢中になること自体やめておこうといった防衛本能があったのかもしれません。

それに考え方によっては、ジミーちゃんにとってさんまさんとは溺れているときに差し出された浮き輪だったかもしれないと思うと、そもそも自分は溺れなくてすむ環境で日々を送れてるともとれるんですよね。

「ない」ものではなく「ある」ものに焦点をあてるとこういう解釈も成立します。

それでも理屈じゃなくて本能で感じてしまう誰かに出会ってしまう人生のほうが人生度が豊かなイメージがあります。そのためには行動範囲を広げる必要があるでしょうけども。

 

少し話がそれますが、お笑い芸人のブルゾンちえみさん。まだブレイクする前にコシノジュンコさんのパーティがあると知り「参加したい」と会場におもむきコシノさんに話しかけたエピソードをテレビで見たときに「そういう踏み込み力ってすごいなぁ」って思ったんですよね。

そして自分を模した髪形をした若手芸人に話しかけられたコシノさんも嬉しかっただろうなと。

さんまさんにしろコシノさんにしろ確固たる地位を築いてしまうといろんな人が寄ってくる反面、周りが遠慮してしまう孤独もあるんじゃないかと思うのです。

そこにジミーちゃんやブルゾンちえみさんのように慕ってこられたら「受け入れ力」でもって気にかけてあげたくなるのかな、なんて。

 

とはいえ、すべての人の想いが受け入れられるわけではなく、関係を築けないことも多いはず。

それでも、この先そう想える人と出会える可能性があるとしたらその時は少し踏み込んでみようかなと思ったドラマでした。

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