【コンビニ人間】人のために「普通」に生きて何が残るのか

表紙が読んだ動機です

第155回芥川賞受賞作「コンビニ人間」。

文庫本になっていたので購入しました。ハードカバーに比べ文庫本だと金銭的に購入にいたるハードルがグッと下がります。軽くてコンパクトなので携帯するのにも文庫本だと便利です。

この小説のなにが気になっていたかって、本の表紙なんですよね。いわゆる装丁?

これがコンビニで働く女性のシルエットといった凡庸なものだったら読まなかったかもしれません。

部屋に飾りたいという絵ではないのだけれど、無機質なものに有機質なものを受け入れようともがいている様を描いているのか、調和なんかされなくても世界は続いていくし生を受けたものは佇んでいるだけだとしても、生きていくしかないという、そんな印象を受けました。

以下、ネタバレあります。

聴覚で奏でる冒頭の2ページ

コンビニエンスストアは、音で満ちている。

から始まる描写がなんとも心地良く、耳介に伝わるコンビニの呼吸音にその情景が脳内で再生されました。

子供のころ、風邪をひいて横になっていたとき。ボウっとまどろんだ状態のなか漏れ聞こえてくる生活音を、学校を休んだ背徳感と高揚感とともに布団ごと感知しているような、そんなことを思い出しました。

こんなお話

古倉恵子が唯一世界の歯車になれる場所、「コンビニ」。そんなコンビニでアルバイトをすること18年。彼氏はいない。そこへ婚活目的の男、白羽がバイトにはいってきて…。

といったストーリー。

自身のことを普通ではないと思っている彼女は人をよく観察しています。

コンビニで働いていると、そこで働いているということを見下されることが、よくある。

興味深いので私は見下している人の顔を見るのが、わりと好きだった。あ、人間だという感じがするのだ。

自分が働いているのに、その職業を差別している人もちらほらいる。私はつい白羽さんの顔を見てしまった。

何かを見下している人は、特に目の形が面白くなる。そこに、反論に対する怯えや警戒、もしくは、反発してくるなら受けてたってやるぞという好戦的な光が宿っている場合もあれば、無意識に見下しているときは、優越感の混ざった恍惚とした快楽でできた液体に目玉が浸り、膜が張っている場合もある。

観察者というポジションをとることで、かろうじて優位性を保っているとも取れますが、人が油断したときに見せる素顔に「人間という感じがする」といったことを私も感じることがあります。

古倉恵子の子供時代

普通に生きられない彼女の生態を、子供時代のエピソードが語っています。

 

・死んだ鳥をみて「家に持って帰って食べよう。みんな鶏肉好きでしょ」

これはまだわからなくもない。

 

・取っ組み合いの喧嘩をはじめるクラスメイトの男子ふたり。「誰か止めて!」とまわりの声を聞き、主人公は教室にあったスコップで一人の男子の頭を殴り、さらにもう一人を殴ろうとして止められる。

これって立派な傷害罪では? と思わなくもないが次に待ち受けるエピソードと比べるとスコップ事件はマシに思えるレベル。

 

・詳細は省きますが、教室で若い女の先生がヒステリーを起こし、それを止めるため主人公がある行動にでます。それがですね、

えーーーー!!!

と思う行動で。

いやいやいやいや、これって「自分、小学生なんで」とか「普通ってなぁに?アタシわかんない」とかって問題ですかい?

こんな仕打ちをうけた先生は教職を去ってもおかしくはないし、その後もこの出来事に苛まれることでしょう。

本人の弁では「こうすれば女性が静かになる」とテレビで観たシーンを再現したらしいけど、人の気持ちがわからないにもほどがあるでしょ。

というか「わからない」を盾に、数ある選択肢から非常に意地の悪い解決法を選ぶのは何故なのか?

異常性を伝えるには十分なエピソードですが、「この主人公の味方になることは今後ないだろう」と彼女に対する感情移入にバリアが張られました。(反面、子供のすることだし誰しも完璧のまま生きてるわけではなく。ゆえに許しも必要だよなという気持ちもありますが)

しかしそんなに簡単に下ろせてしまうスカートってウエストがゴムのスカート? ベルトしてたら簡単には落ちないよね。腰骨だってあるし。小学校の教員ならジャージの方が説得力あったかも。

この主人公は奇妙な行動力と正義感があるんですよね。クラスメイトの喧嘩やヒステリー起こす先生に対して、介入せず見届けることだって出来たはずなのに、自分が解決させようと動いてしまう。

どうしてそんなに暴力よりな手段を取ってしまうのか。

なぜ彼女は優しさには感染しないのであろうか。

基本的には周りにあれこれ言われる筋合いはない

コンビニでしか働いたことがなくても、そのコンビニバイト歴が18年に及ぼうとも。

勤労・納税していれば国民の義務は果たしているわけで。

周りがどれだけ詮索しようと、どういう反応をしてこようと

自分さえ軸があればよくて。

ただ、その軸というのも一般のレールから外れてしまうと維持していくのは容易ではないことはわかります。

世間は世間、他者は他者と割り切っていても、自分が自分を観ている視点からは逃れられることはできず、結局はつまるところそこに苦しめられている。

「世間」と「自我」は表裏一体で、「普通」に苦しみながら自らその枠にこだわっているのはほかならぬ自分で。

全方位に「自分が嫌な気持ちになることは言わないで」は不可能

対して、世間一般に普通に属する人々は「あー、自分は普通でよかった」と普通という喜びをかみ締めながら生きているのでしょうか。

そりゃ多くの人がたどる道をなぞっている安心感はあるでしょう。

そして古倉恵子のような、常識から外れた異分子をどうにか自分たちの理解できるフィールドにいてほしいと願う気持ちもわかります。

それは「普通のひとたち」が「健全な社会を形成していく」上で、安心安全な社会の構築こそ自分の遺伝子を引き継いだ者たちが存在する場として望ましいからなのでしょう。

白羽は主人公の人格のひとつでは

白羽という「どこから切ってもダメな成分しか出てこない」ような男が登場するわけですが、彼は彼女の人格のひとつではないかと。

彼に辛辣な言葉を吐かせることによって古倉恵子自身「私は世間一般的にはこういった人間だと思われていることは承知しております。勘違いも高望みもしていませんよ。だからどうか放っておいていただきたい」と逆マウントとも言える防衛手段をとっている、そんな気がしてなりません。

 

どうしようもないなーと思わせる男、白羽。けれど見方を変えれば一概にそうとも言い切れないんですよ。

「僕は君を支援するから、君は正規社員として働いて僕を養ってね。僕という存在がいるおかけで、君は男性を知っている証にもなるでしょ」

という彼の理論は男女が逆になれば、いびつさは軽減されるどころか普通のことだったりします。

丸投げする思考回路にこそ問題がある

白羽の義姉に「自分たちは遺伝子を残していいのか」と聞いてしまうあたり、なんだかなと。

聞きたい気持ちもわかるんですけどね。わかるからこそ「いたたたた」となる。

すべてにおいてこの主人公は「こうすればあなたたちは満足するのよね。そうでしょう?」と自分の人生の責任を他者に転嫁しているように思えてなりません。

古倉恵子にとっての普通とは

そして彼女の部屋にいるという害虫すら「普通」の比喩なのではと深読みしてしまう。

その害虫はサッと姿を現し、視界から消えたとしても「常にどこかにいる」存在としてを住人に恐怖と愉快ではないなにかを与え続けます。

普通とはもっと、大金がなくともおおげさでなくとも感じられるもののはず。

それとも、現代社会において普通とは案外ハードルの高いものとなってしまっているのかもしれない、のでしょうか。

周りにとらわれ過ぎると他者の人生を生きることになる

古倉も白羽も「普通ではない」ことをアイデンティティの拠り所にしている気もします。

普通なんてと思いながらも普通を望む。

きっとどんな道に進もうが本人が納得して生き生きと生きていたら、周りも認めるまでいかなくとも見て見ぬふりぐらいはしてくれると思うのです。

ただ「納得している人生」なんて「普通」を生きていると思われる人間ですら怪しいものだし、ましてや生き生きとなんて余計なお世話かもしれません。

それに本作品でも真剣にまともになってほしいと思っているのは古倉恵子は親や妹、白羽は義姉といった切れない縁を持った身内のひとたちで。

どんな生き方をしようが他人が責任をとってくれるわけではなく、やいのやいのと言ってくる人がいてもスルーしておけばよいのではないかと。

ただ、そんな中にも本当に心配をして気にかけてくれる人もいるので、その辺の違いは自分で気がつくことができればよいですよね。

静かだけれどハッピーエンドではなかろうか

「白羽」という人間(もしくは概念)から離れただけでも主人公には多いに意味のある結末かと。

世や家族に対する当てつけのために、白羽を選ぶ必要なんてないのです。

古倉恵子は「普通の人間」をトレースすることもできるし、コンビニ店員として秀でています。

彼女は彼女の水にあった世界で生きていければ良く、そんな彼女に救われる人間もどこかにいるはず。

とにもかくにも児童期にとった他者への攻撃が鳴りを潜めただけでも良かった良かった。(どうしてもソコんとこが気になってしまうので)

 

今や業務内容が多岐にわたるコンビニ。

古倉恵子のような時給以上の働きをしていると思われる「スーパー店員さん」をコンビニ以外でも見かけることがあります。

彼らがフルタイムで働けば、最低限ではなく普通の生活レベルが送れる。

そんな給与体系になれば、日本はもう少し住みやすくなるのではないかと思います。

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